sleep like a log

新聞のコラムや社説をながめてみる

鹿十

「シカトする」。無視を意味するこの身近な俗語も鹿が語源だ。もともとは花札の10月の10点札がそっぽを向いた鹿の絵柄であることから、博徒らが無視の隠語として呼んだ「鹿十(しかとう)」が転じた。

 出典:朝刊コラム「談話室」|山形新聞(2019.7.15)

 

 「シカト」。小学生のときに誰かが使うのを聞いて、そういうものなのだと疑問を持たずにたが、考えてみれば漢字を推測することもできない。案外、おもむきのある語源だ。小、中学生の頃の湿度のある人間関係が思い起こされて、大人になってからは使うこともなく、耳にする機会もなくなった。そっぽを向いた鹿なら、かわいいけれど…。

 

持っている武器の心細さ

 ギリシャで、持っている武器の心細さを嘆く子に、親が言った言葉だという。「汝の一歩を加えて、剣の短きを長くせよ」。英国の著述家スマイルズの『自助論』にある。不利に見える境遇を克服するのは、一歩前に出る勇気である。そう語っていようか。

 出典:中日春秋:中日春秋(朝刊コラム):中日新聞(CHUNICHI Web)

 しかし、相手だって一歩を踏み出すだろう。自分の一歩は心細く、相手に勝る武器は心強い。

 不利な状況を克服させるのは勇気より冷静さだと思う。ところが、不利な状況にある者はもちろん冷静な状態にはない。この冷静さを獲得するために、勇気が必要なのかもしれない。よくいう「肝が据わっている」というのは、こういうことなのではないか。無謀ではなく冷静であるということ。臆病な人間にこそ必要な、あるいは、備わっているものだ。

 

何かをなしたり、何かを残したり

 の学生は友人と話し込んでいたそうだ。その時、空襲を受けた。学生は本来入るべき防空壕ではなく、友人の入る防空壕にやむなく逃げた。

 空襲後、自分が入るはずだった防空壕を見に行った。中にいた者は死んでいた。「ばかやろう。こんな戦争はやめだ、ばかやろう、ばかやろう」。学生は涙を浮かべながら怒鳴っていたという。

 一九四四年十二月、名古屋での空襲。学生とは九十三歳で亡くなった、哲学者の梅原猛さんである。……

 出典:中日春秋:中日春秋(朝刊コラム):中日新聞(CHUNICHI Web)(2019.1.15)

 

 何かを語るうえで「特別な体験」は必要なのだろうか。小学生のときの読書感想文や少年の主張の作文、大学入試の小論文、就活時のエントリーシートや面接。求められるエピソードに苦慮する人生だった。うれしかったこと、かなしかったこと。刺激を受けた出来事は? 人生観に影響を与えた出来事は? 成功体験、失敗体験、強烈な思い出、人生の転換期。私には何も語ることがない。そういう人間は、何かをなしたり、何かを残したりすることはないのだろうか。

 しかし、心の奥底に、かつて感情を大きく揺さぶられた経験を持つ人は、何かをなそうとがむしゃらになるものかもしれない。私はただ、何かを残したいと思いつつ、せめて沈むことのないように、人生をたゆたっているだけなのかもしれない。

 

つながらない権利

 外の労働現場で今、注目されるキーワードの一つが「つながらない権利」だという。勤務終了後は仕事の電話に出ず、メールにも返信しない。そんな労働者の権利である。

 フランスで2017年に法律に権利が明記され、従業員50人超の企業は、勤務時間外のメールの扱いなどを労使で協議するよう義務付けた。イタリアでも時間外は対応しなくてよい規則を設けた職場がある。……うらやましいと思うか、それで仕事になるのか、と感じるかは人それぞれだろう。……

 出典:海外の労働現場で今、注目される…: 滴一滴: コラム: 山陽新聞デジタル|さんデジ(2019.1.8)

 

 あけましておめでとうございます。年賀状は届いた人にだけ返信するタイプなのですが、めんどくさがっているうちにもう8日です。面の皮が厚くなってきたので、15日までに送ればいいかな…とか思っています。

 実家に帰省している間もちょこちょこと副業の作業をして、正月休み明けに納品しました。24時間365日勤務時間だわ…。会社勤めのいいところは、会社にいる8時間以外はその仕事についてなーんも考えなくていいことだと思います(私の場合は)。会社にいるときの自分がなんとかしてくれるはず。

 副業のほうは、仲介業者が間にいない仕事だと、報酬も分量も期間もなあなあな感じで進むので、精神的につかれを感じます。正月明けに納品したものも、「ありがとうございます。ちなみに、◯◯◯◯もしてくれませんか」(納品物の修正・調整ではなく、納品物を用いた新たな作業)みたいな返事がきて、ちなみにってなんやねんって思いました。

 そろそろ副業を減らして、なんか適当な趣味に時間を割きたい。そう、自分で選んだ万葉集の好きな歌でカルタとかつくって悦に入りたい。つながりによって生かされながら、一方で、あらゆるつながりを断ち切って川の底に沈みたい。源泉が流れ込むあったかい川がいいな。

 

じんぎ残し

 「頼まれれば越後から米つきに」。そういう言い回しで覚えていた。他県では通じないものだと思い込んでいた。頼まれたら断れぬ越後人の気質を言ったものだろうと。全国区のことわざだと知ったのは、辞典を何げなくめくっていたとき。

 「頼めば越後から米つきに来る」とある。切に頼めば遠方から重労働のために来てくれる義に厚い人も世の中にはいる――。要は頼み方次第だ、と教えることわざになっている。……

 出典:日報抄(2018.12.12)/新潟日報 

 

 全国区のことわざといっても、聞いたことないけどな……。私が九州の人間だからかもしれません。

 昔は精米するのも大変な重労働だったのでしょう。実家では数年前に精米機を買ったおかげで、去年のお米でもわりとおいしく食べられるようになりました。それ以前は、去年のお米は本当にぬか臭くて、ちょっとつらいものがありました(その分、新米のおいしさと美しさに対する感動はひとしおでした)。

 

 地方のことわざについては、一つだけ、ずっと気になっていることがあります。大皿料理をシェアしているときに、お皿に1個だけ残った食べものについてです。関西ではこれを「遠慮のかたまり」と言うらしいですね。青森では「津軽衆」と言うようです)。

 わが家では昔から、これを「じんぎ残し」と言うのです。子どもの頃は「じんぎ」という音が何を表すのか、いまいちピンときていませんでしたが、おそらく「仁義」のことでしょう。さらに祖父に聞いたところによると、「平戸の仁義残し」というフレーズのよう。武家の言葉か……? 平戸では当たり前に使っているの?