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新聞のコラムや社説をながめてみる

手紙

 文豪、夏目漱石が大の手紙好きだったことはつとに有名である。門下生に宛てて「小生は人に手紙をかく事と人から手紙をもらう事が大すき」と記したほどである。

 残された書簡類は優に2500通を超えるという。……漱石が二人の学友に送ったはがき3通の原本が福井市で見つかった。「僕ハ独リボツチデ淋イヨ」。神経衰弱で落ち込んでいた当時の心情が痛々しい。……

 さびしいって書いた手紙がいろんな人の目にさらされてしまうことになるとは、夏目漱石も思っていなかったかもなあ。

 高校生の頃、仲のよい友人とやり取りした手紙が実家のどこかに眠っていると思いますが、恥ずかしすぎて読み返したことがない。思春期の手紙ですからね…。あの頃って、友人にすごく執着するじゃないですか。なんかもう気持ち的には恋文に近いものがある。何を書いて、何が書いてあったのか、全然覚えてないけども、読み返さないほうがいいということは分かる…。でも捨てられないからとっておく。たぶん向こうも捨ててないでしょう。私がいつか文豪か犯罪者になったら公開されるかもしれませんね。

 

誰かの靴を履いてみる

 国在住のライター・ブレイディみかこさんの息子さんが通う公立学校で、期末試験にこんな問題が出た。「エンパシーとは何か」。息子さんの答えは「自分で誰かの靴を履いてみること」。他人の立場に立ってみるという意味がある英語の定型表現という。

 「エンパシー」を日本語に訳すと、「共感」「感情移入」などになる。みかこさんは「誰かの靴を履いてみるというのはすこぶる的確な表現」と評し、息子さんには「いい質問だね。いま、英国に住んでいる人たちにとって、いや世界中の人たちにとって、それは切実な問題になってきていると思うから」とも話した(新潮社「波」5月号)。……

 出典:共感:どうしん電子版(北海道新聞)(2018.5.21)

 英語では “stand in someone's shoes” とか “put oneself in someone's shoes” と表現するようですね。私は自分の足に合う靴を探すのすら大変ですが、相手の思考を理解することは難しくても、自分と相手の立場・考え方が違うと想像することは、そんなに難しいことではないはず。そう考えると、相手の靴をはくというのは、感覚的には、共感よりも手前の段階のような気もします。相手の靴はそもそも相手に合わせた靴なんだから、それを履いたところで、自分と相手の違いを実感することはあっても、共感することはむしろ難しいはず。これを共感とか感情移入と考えるのは、なんだか不思議な表現ですね…。相手の靴を履いて、足もその靴に合わせた気になって考えてみる、ということなのかな。