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sleep like a log

新聞のコラムや社説をながめてみる

ナパーム弾の少女

国際/戦争と平和

 ……発端は、ノルウェーの作家が歴史的な戦争写真を数枚投稿したことだった。この中に「ナパーム弾の少女」として知られる写真が含まれていたが、フェイスブック側は少女の裸が写っているとして1枚だけ削除した。

 これに対し、ノルウェーの新聞編集長がフェイスブックザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)に宛てて「児童ポルノと著名な戦争写真の違いを分かっていない」と批判の公開書簡を発表。大論争となった。

 フェイスブック側は「写真の歴史的重要性を認識した」と掲載を認めたが、ここには大きな問題が潜んでいる。フェイスブックは独自のアルゴリズムを人的判断と組み合わせて掲載の適否を決定。「ナパーム弾の少女」は子どもの裸という理由で、機械的に削除に振り分けられた。

 ザッカーバーグ氏は「わが社はテクノロジー企業であり、メディアではない」と語った。だが、17億人が利用するフェイスブックが、巨大メディアであることは否定しようがない。……

ナパーム弾の少女|下野新聞「SOON」(2016.10.3)

 

 ……というコラムがありまして、抜き出すと事の経緯が分からなくなるので、ほぼ全文掲載になってしまいました。

 強調部分、今回はこれに賛同とは逆の意で太字にしています。17億人が利用するFacebookなんだから、機械的な判断で削除されても仕方ないのではないかと思って。論争の末に掲載を認めたのだから、Facebook側の対応としては別にそれで問題ない気がします(めっちゃもめたのかもしれませんけど)。むしろ、最初からいっちょいっちょ判断されるほうが怖くないですか。

 歴史的価値とポルノだとか、芸術的価値とポルノだとか、そういう判断ってかなり難しいものです。公開する側には公開する側の、削除する側には削除する側の、それなりの思慮があるはず。どこに問題があるかを論じるなら、最初の一歩(独自のアルゴリズムと人的判断で機械的に削除)ではなく、それに対する人々の反応と、その対応に視点を置くべきではないかと思いました。

 

 しかし、この論争が起きたことで、戦争の悲惨さが注目を浴びたのか、それとも、論点がSNS上の写真掲載の判断へと移ってしまったのか。少なくとも日本で暮らす私にとっては、前者よりも後者のほうがリアリティーのある問題かもしれません。

 「ナパーム弾の少女」は、検索すればすぐにその画像が出てきますが、トップに出てくる話題はFacebookに関連するものです。ベトナム戦争時代、ナパーム弾(粘性のある焼夷弾みたいです)から裸で逃げる少女。約45年前の写真ですね。

 でも、このFacebookの話題がなければ、私はこの写真を見ることもなかったかもしれません。