sleep like a log

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潜水服を開ける鍵

 る日突然、脳出血で倒れたフランスの男性の手記を読んだ。題名は『潜水服は蝶の夢を見る』。男性が病室で目覚めると、意識と記憶は元のままなのに頭のてっぺんからつま先までまひしていた。

 重たい潜水服に閉じ込められたような絶望感の中で、かろうじて動かせる左目のまぶたを使った意思伝達の手段を見つける。アルファベットを読み上げてもらい、望む文字が来たところでまばたく。それを20万回繰り返して文章を紡いだ。……

 <この宇宙のどこかに、僕の潜水服を開ける鍵はあるのだろうか?>

 出所:河北春秋|11月12日 | 河北新報オンラインニュース

 

 土曜日に塗ったマニキュアをとる暇もないまま、出社してしまいました。恥ずかしいからお昼は外に出たい。

 五体満足で、頭の働きもそこそこな感じで生まれ育ってきたけれど、ときどき、不運な事故で身体や脳に障害を受けたらどうしよう、という不安に駆られることがある。いっそ死にたいと思うのか、それでも生きたいと願うのか、そんな思考能力も残らないのか。街中で、一見してそれと分かる障害者を見かけると、どうしたってそんなふうに考えてしまう自分に恥ずかしさを覚える。これは仕方のない心の働きなんだけど。

 できれば苦しみたくないし、できれば楽に生きたいし、でも、何よりも、自分の頭と身体が動いてほしいと思う。こう考えてみると、心というのは、もろいのか強いのかよく分からない。環境に順応するようにできているはずなんだけれども、ものには限度があるし、つらいものはつらい。しかし、身体や脳より強いのかもしれない。

 そして、さらに、自分自身のことだけでなく、もし私の母が、とか、兄弟が、ということまで考えてしまう。この考えは、自分のことを考えるよりも、かなり怖い。それは結局、私の人生の一部でありながら、私の命の一部ではない。命に対して投げやりになることも、しがみつくこともできない。私は自分の家族を、なんとか救いたいと思い、同時に、うとましくも思うだろうことが予想できる。