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今は漕ぎ出でな

ハロウィーンどうするの?」と聞かれ、「カボチャでも食べようかな」と答えたら「冬至かよ」って突っ込まれました。

 

  万葉集に「熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕(こ)ぎ出(い)でな」の一首がある。高校生に絵にかかせたら、こんな情景を描いた。

 都会へ出て、昼間働きながら夜間の高校へ通っている男の子だった。家の前で母親とおぼしき女性が手を振っている。それを振り返りながら、彼も手を振っている。

 この課題を出した万葉学者の中西進さんの解説を聞こう。先の一首は、決戦に向けて船団が港を出ようとするさまを歌っている。高校生の絵は事実からは遠い。

 でも共通するものがある。歌には離別感がこもり、絵には故郷を離れたときの覚悟がのぞく。その悲壮感を歌は見事に伝えたし、高校生はまざまざと読み取ったといえるだろう。……

 出所:万葉集に「熟田津に船乗りせむと… | 越山若水 | 福井新聞ONLINE(2018.10.31)

 

 私は岩波書店から出ている斎藤茂吉の『万葉秀歌』が好きで、いつか自分の好きな万葉集の歌を選んでカルタをつくりたいという野望を抱いているほどなのですが、やはり滋味のような味わいが万葉集のよいところだと思います。言葉のリズムと、まなうらの情景と、読み手の心情とが合わさって、ぞくっとするような快感がある。

 実際、どのような読み方をしたのかは、今となっては分かりませんが、ここで引用されている歌の最後が「今は漕ぎ出でな」と字余りで読ませるのも、心を残しながらも名残りを断ち切るような覚悟と寂寥の響きがあって、しかし歌の中には、実際にはそんな言葉は直接出てこない、というのがまたしびれるんです。