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何かをなしたり、何かを残したり

 の学生は友人と話し込んでいたそうだ。その時、空襲を受けた。学生は本来入るべき防空壕ではなく、友人の入る防空壕にやむなく逃げた。

 空襲後、自分が入るはずだった防空壕を見に行った。中にいた者は死んでいた。「ばかやろう。こんな戦争はやめだ、ばかやろう、ばかやろう」。学生は涙を浮かべながら怒鳴っていたという。

 一九四四年十二月、名古屋での空襲。学生とは九十三歳で亡くなった、哲学者の梅原猛さんである。……

 出典:中日春秋:中日春秋(朝刊コラム):中日新聞(CHUNICHI Web)(2019.1.15)

 

 何かを語るうえで「特別な体験」は必要なのだろうか。小学生のときの読書感想文や少年の主張の作文、大学入試の小論文、就活時のエントリーシートや面接。求められるエピソードに苦慮する人生だった。うれしかったこと、かなしかったこと。刺激を受けた出来事は? 人生観に影響を与えた出来事は? 成功体験、失敗体験、強烈な思い出、人生の転換期。私には何も語ることがない。そういう人間は、何かをなしたり、何かを残したりすることはないのだろうか。

 しかし、心の奥底に、かつて感情を大きく揺さぶられた経験を持つ人は、何かをなそうとがむしゃらになるものかもしれない。私はただ、何かを残したいと思いつつ、せめて沈むことのないように、人生をたゆたっているだけなのかもしれない。