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新聞のコラムや社説をながめてみる

ブラックスワン

 ーマの賢人の言葉に由来するらしいが、西洋にはその昔、「あるはずのないこと」を例える「黒い白鳥」という言い回しがあった。オーストラリアにコクチョウがいるという驚きの事実が明らかになって、意味は転じている。ありそうにないとみえて、起きた時には甚大な影響をもたらす事態を現代では指すようになった。

 近年では、リーマン・ショックの際、黒い白鳥「ブラックスワン」が来たといわれている。冷戦崩壊や大規模テロなども含むとされる事例に、どうやら、新型コロナウイルスの感染拡大も連なるようだ。海外の株式市場のニュースなどで、ブラックスワンという表現をよく見かけるようになった。……

 出典:中日春秋:中日春秋(朝刊コラム):中日新聞(CHUNICHI Web)(2020.3.10.)

 

  ブラックスワンってそういう意味だったんだ……。たしかにそういう記事もある「新型コロナウイルスは2020年のブラックスワン」——Sequoia Capitalが、起業家に再び警告【全文訳】 – BRIDGE(ブリッジ)市場動揺、現実味増す新型コロナの「ブラックスワン」 :日本経済新聞。日常生活のなかで使いこなすにはハードルが高そう。

 

 最近テレビを買いまして、約10年ぶりくらいにテレビのある生活をしているのですが、全然つけないので本当にただテレビが「ある」だけの生活です。『満点☆青空レストラン』しか見ていない。

 この10年で流れていった知らない話題がたくさんあるんだろうな…。もの知らずといえばそれまでなんですけど、テレビのない生活を補う情報源として社説を読んでいたはずが、繁忙期の波に流されて、こうして書くのもずいぶん久しぶりです。職場の向かいの席にムーミンが座ってる妄想しながら毎日生きてます。

 

「私へ」ではない手紙

 々の出来事をつづる新聞記事も「誰かさんへ」宛てた手紙のようなものかもしれない、と思うときがある。

 徳島県の中学2年生小林大樹さんは、子どもや女性の権利向上を訴え17歳でノーベル平和賞を受けたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさんの記事に感銘を受けた。今年の新聞週間の代表標語〈新聞を開いて僕は世界を知った〉は、その体験から生まれた作品という。手紙は、確かに胸に届いたのだ。……

 出典:誰かさんへ|有明抄|佐賀新聞LiVE(2019.10.17)

 

 高校生のころ、ある教師がときどき新聞のコラム欄をコピーしては、 生徒に配っていた。小論文対策だ。そのスクラップブックももう処分してしまったかもしれないが…。

 私は佐賀県の高校に通っていたので、当時配られていたのも、この『有明抄』だった。高校生の私の世界は狭く、世の中への興味もなく、経験の少なさと浅さゆえに何かに共感することも乏しかった。コラムの内容は自分の日常に重ならず、文字は上滑りして、小論文に活かせるほど自分の中に蓄積されはしなかった。その教師がそうやって新聞記事を配ることに、私はあまり意味を感じていなかった。

 ネット環境が日常的に整備され、いくつかの情報を見渡して興味のあるところへアクセスするようになり、少しだけ自分の世界が開いたような気がする。その何年かの間に、私はできるだけ苦しみを避け、自分の浅薄さに卑屈になった。それでもまだ、世の中の出来事を遠く感じる。

 

愛嬌というのは

 漱石虞美人草』の序盤で、登場人物が言う。<愛嬌というのはね-自分より強いものを倒す柔らかい武器だよ>。にこやかで憎めない表情やしぐさは、時に強みになる。漱石が解釈する愛嬌だろう。……

 秋の花、曼珠沙華は思わぬ場所にいきなり咲いて人を驚かす。漱石の句。<曼珠沙華あっけらかんと道の端>。明るさの中に人柄がにじむ。新しい大輪の開花である。

 出典:中日春秋:中日春秋(朝刊コラム):中日新聞(CHUNICHI Web)(2019.8.7)

 

 「それな」って感じですね。愛嬌があれば多少言いづらいことを言っても笑いにできる。それとなく釘をさしたりできますから。無神経と紙一重ですが・・・。

 ちなみに九州から京都に出てきた私は、大学生のときに初めて日常会話で「それな」という相づちを聞き、なんて素敵な相づちだろうと感銘を受けました。「わかる」よりも嫌味がない。言ったほうも言われたほうも親密さを感じる言葉です。「シュッとした」の次に使いやすい言葉だと思います。でも恥ずかしくて「それな」って声に出して使ったことないんです。大阪人が標準語をしゃべるときの恥ずかしさに似ているのかもしれない。

 

 

犬の日々、犬の耳

 駅から会社までの3分の道のりですら行き倒れそう…。朝から30度、昼には35度、家に帰ると室内も35度。骨董品のようなエアコンからいつ煙が噴き出さないかとハラハラする毎日です。そもそも室内の熱を外に出すっていうシステムと、アスファルトやコンクリートの構造が、いっそう外を暑くしているんでしょうね。集中豪雨の被害にも関わるので、こうした都市構造は今後見なおされていくだろうと思いますが…。いまのところ、ヒートアイランドに住んでいます。

 夏のことを英語で「ドッグデイズ(犬の日々)」という。冬の星座・おおいぬ座シリウス(別名・ドッグスター)がこの時期、太陽とともに昼間の空に現れるのに由来するらしい。

 では、ここでクイズを一つ。「ドッグイア(犬の耳)」とは何でしょう? 答えは本のページの端を折り曲げて、しおり代わりにすることをいう。確かにあの三角形は、ぺたんと垂れ下がった犬の耳に似ている。……

 出典:神戸新聞NEXT|正平調|(2019.7.30)

 本に線を引いたり、折り目を付けたりすることに抵抗があるので、ページを折り曲げてしおりがわりなんて雑誌でしかやりませんが、たしかに犬の耳っぽい。かわいい表現ですね。誤字を見つけたときは、職業柄、赤をいれたくなるのをぐっと我慢します。印象的な部分には付箋をはって、のちのちブログなんかで感想を書くときの目安にするんですが、この付箋ののりも、はったまま時間がたつと本を傷めてしまうそうですね。

 

白昼夢

 だったのではないかと思うことがある。小学5年の夏休み。暑い日だった。午後、自転車で学校のプールに出掛ける前に雷のようなごう音が響いた。窓から空を見上げたが、青空が広がるばかり。おかしなことがあったのは帰り道だった。

 空から細切れの綿が降ってきた。「何だ、これ」。友達と顔を見合わせた。1971年7月30日。岩手県雫石町上空で全日空機と自衛隊機が衝突し162人が犠牲になった雫石事故である。自宅が隣町にあった。綿が墜落した機体の座席の一部だったのではと思いが至ったのは後々のことである。……

 出典:河北春秋|7月29日 | 河北新報オンラインニュース

 

 あとから思い出してみて、あれはこういうことだったのだろう、ということがある。逆に、あとから思い返してみても、あれは何だったのかわからない記憶もある。

 あれは4~6歳あたりの出来事だろう。人口約6万人の地方都市に一つだけデパートがあった。私は屋上遊園地に行きたくて、母とはぐれて上階に向かうエレベーターに乗った。背が低かったので、ボタンは押さなかったと思う。

 やがてエレベーターのドアが開き、晴れわたったまばゆい空と、青々と水をたたえたプール、水着姿でくつろぐ人々があらわれた。光にあふれていて、ざわざわと賑わっている。田舎のデパートの屋上に、こんな海外のリゾート地のような光景があるものだろうか。「デパートの上のほう」にあるのは、100円で動く遊具と、メロンクリームソーダが飲めるレストランだ。

 自分は迷子になったのだ、このままでは帰れないと思った私は、こわくなり、エレベーターの下のほうのボタンを手が届く範囲でいくつか押した。ドアが閉まり、エレベーターは下方に向かって動き出し、私は「下のほう」の階で母や姉と合流したのだと思う。屋上にプールがあったと言うと、夢でも見たのか、何かの勘違いだろうということだった。

 このままでは帰れなくなるという感覚があまりに強かったので、自我がはっきりする年ごろまでは、1人でエレベーターに乗るのが怖かった。時々、考えることがある。あのとき、エレベーターを一歩でも出ていたらどうなっていたのだろう。