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新聞のコラムや社説をながめてみる

「私へ」ではない手紙

 々の出来事をつづる新聞記事も「誰かさんへ」宛てた手紙のようなものかもしれない、と思うときがある。

 徳島県の中学2年生小林大樹さんは、子どもや女性の権利向上を訴え17歳でノーベル平和賞を受けたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさんの記事に感銘を受けた。今年の新聞週間の代表標語〈新聞を開いて僕は世界を知った〉は、その体験から生まれた作品という。手紙は、確かに胸に届いたのだ。……

 出典:誰かさんへ|有明抄|佐賀新聞LiVE(2019.10.17)

 

 高校生のころ、ある教師がときどき新聞のコラム欄をコピーしては、 生徒に配っていた。小論文対策だ。そのスクラップブックももう処分してしまったかもしれないが…。

 私は佐賀県の高校に通っていたので、当時配られていたのも、この『有明抄』だった。高校生の私の世界は狭く、世の中への興味もなく、経験の少なさと浅さゆえに何かに共感することも乏しかった。コラムの内容は自分の日常に重ならず、文字は上滑りして、小論文に活かせるほど自分の中に蓄積されはしなかった。その教師がそうやって新聞記事を配ることに、私はあまり意味を感じていなかった。

 ネット環境が日常的に整備され、いくつかの情報を見渡して興味のあるところへアクセスするようになり、少しだけ自分の世界が開いたような気がする。その何年かの間に、私はできるだけ苦しみを避け、自分の浅薄さに卑屈になった。それでもまだ、世の中の出来事を遠く感じる。